朝、仕事場の玄関のタタキに腰掛けてブーツを脱いでいたら、重さにして20キロはあろうデジタルピアノが、首の後ろにガーンと倒れてきた。
風が語りかけます・・・痛い。痛すぎる!
でもあんまり痛いと、それにその痛みがあまりにも突然だと、人は「いてえっ」なんて言わないものですね。ぼくはその衝撃があった瞬間、ふっ、と息が止まったくらいで、なんにもリアクションができなかった。その間、子泣きじじいのように、ぼくの背後にしなだれかかっているピアノ。こんなところに立てかけておかないで、たまには使えよ、とでも言いたかったのだろうか。でもたぶん、もう使わないなー、このピアノ。だってE♭のキーがひとつ出ないんだもん。あと位相もおかしいんだもん。
これはDJジャンボさんに好意で譲ってもらったもので、譲ってもらった当時はこのピアノがあったおかげでだいぶ助かった。それにこのピアノから生まれた曲もたくさんある。だからなんか、思い切って処分できないんだよな。
首はまだ痛い。
痛いついでにもうひとつ、いやーな話をします。不気味な話が嫌いな人は読まないでください。
ひさしぶりに怖い夢をみたのだけど、ただ怖いだけじゃなくって、この悪夢はすごく後味がわるかった。
その夢の中でぼくはシーズンオフのスキー場にいて、あたりは夜で、電球色のロッジの中では人がテーブルを囲んだり、そのまわりを行き交ったりしている。ぼくはそのテーブルで、ロッジのスタッフ数人から「牧場の話」を聞いている。主に話していたのは、眼鏡をかけた女の子だったと思う。夢の中のことなので、彼らが話すことはそのまま、同時進行で鮮明な映像となってぼくの目の前にあらわれる。テレビドラマの回想シーンで、過去の映像がそのつど挿入されるみたいに。
ロッジの近くには牧場がある。でもその牧場はさびれていて、いちおう鳥と牛がいるらしいのだが、そのどちらも見えるところにはいない。本当にいるんだろうか、と思うくらいに、その牧場は牧場らしくない。
ある夜、彼女はその鳥小屋の前を通りがかった。すると小屋の前にうずくまっている人がいる。不審に思って少し見ていると、どうもその人は老婆で、なにやらさかんに手を動かして作業みたいなことをしている。何をしているのかと思ってよく見てみると、その老婆は鳥の羽根をむしっているのだった。それもただむしるだけではなく、羽根をむしりながら、肉まで食べている。
彼女は恐ろしくなって、静かにその場を離れた。それから走った。誰かに知らせようという気持ちもあったが、彼女は一刻も早く、その場から遠ざかりたかった。
ずいぶん走ったあとで、彼女はうしろを振り返った。虫の声も、風の音もない暗闇の中で、そのとき彼女はさらに恐ろしいものを見た。さっきの老婆が、こちらに向かって走ってくるのだった。必死で逃げたが、逃げ切れなかった。俊敏な老婆は、すぐに彼女の背後に追いついた。そして言った。
「まだ走れる? どう? まだ走れる?」
彼女は疲れていたが、しかし走るのをやめるわけにもいかなかった。ここで足を止めたら、きっとひどい目に遭うだろう、その恐怖が彼女の足を動かし続けたのだった。老婆がまた口を開いた。
「向かってこないの? 向かってくればいいのに! そうしたらあたしは、すんでのところでおまえを殺してやる! おまえが、ああ、あともうちょっとでこいつをやっつけられたのに、って思うような、惜しいところで、おまえを殺してやるんだよ!」
と、ここでぼくは目が覚めたのだけど、なんとも、いやーなばあさんですね。だいたい「すんでのところで」って。なんでこんなに挑発的なのか。
怖い夢ってときどき見るけど、こういう「伝聞」形式のは初めてみた。